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あらびきZONE

カメラとMacと競馬を愛する大学生の不定期雑ブログ

シン・ゴジラを観た感想

シン・ゴジラは新たな時代の幕開けである

2004年「ゴジラFINAL WARS」の公開を最後,10年の時を経て新シリーズの公開が宣言された.これは今までのゴジラシリーズにも見えた山と谷の再来,新たな時代の幕開けなのである!

 

ゴジラとは

ゴジラとは現代まで生き延びた太鼓の生物が,人類の核実験の影響を受けて突然変異し,異形の姿に変化した怪獣である.
 とまあ,かなりざっくり書いたのだがこんな感じである.ざっくりと書いたのは後記する各シリーズでゴジラに対する設定が作品ごとに若干変化するためである.詳しくは各作品群やその解説を見比べながら変化を追ってほしい.

 

ゴジラシリーズとは

昭和ゴジラシリーズ

初代「ゴジラ」(1954)から始まるゴジラシリーズの原点.物語は突如出現した正体不明の巨大怪獣,通称「ゴジラ」を中心に展開される.昭和ゴジラシリーズの特徴として,
ゴジラは人類の敵
人類の味方になるゴジラ
というのがあげられる.

上記二つは矛盾するかとも思われるがそうではない.シリーズが進むにつれ,特に第5作「三代怪獣地球最後の決戦」あたりからゴジラの立ち位置というのが揺らいだ.それまでは人類の敵として恐怖を撒き散らす存在だったゴジラは,キングギドラをはじめとした宇宙怪獣や宇宙人の手先の怪獣を撃退する存在へとシフトしていった.
 これはヒーローとしてのゴジラの描き方であり根強いファンも多いが,1975年公開の「メカゴジラの逆襲」が全ゴジラシリーズ中ワーストの売り上げを記録したことも相まって,以後10年近くにわたり続編が公開されることはなく,事実上のシリーズ打ち切りとなった.

 

平成ゴジラシリーズ

前作から10年近くの時を要し,再び第1作目の「ゴジラ」踏襲した「ゴジラ(1984)」が公開された.再び当時の首都圏にゴジラが現れたという設定で物語が展開していく.第2シリーズとして言われる「ゴジラ」(1984公開)は昭和に公開されたが,全シリーズと区別すべく平成ゴジラシリーズと呼ばれる.また,のちのシリーズ作品群に「VS○○」とつくことからVSシリーズとしても呼ばれる.このシリーズの特徴はあくまでもゴジラは人類の脅威であり,同時に登場するゲスト怪獣は結果的に敵対したゴジラが撃退してくれた形になっていることである.

 

ミレニアムシリーズ

1999年公開の「ゴジラ 2000」以降のゴジラ作品群を指す.この頃から特に興行作品として迷走が顕著になる.第一に時代の変化だ.もともと核兵器や戦争に対する一種の批判を込めたゴジラという作品が,終戦から数十年という月日が経過した時代に当時のコンセプトを受け継ぐ作品制作が難しくなった.第二に,特撮や怪獣に対する意識の変化があげられる.当時はポケモンデジモンなど物語に登場するモンスターは「主人公と共に戦うパートナー」としての認識が強まった.さらに,仮面ライダー戦隊シリーズの普及など,分かりやすい正義の形が特撮の場に登場したことから怪獣特撮の価値自体が降下してしまったと考えられる.第三に.子供向け作品との同時上映だ.当時話題だった「とっとこハム太郎」との同時上映という無謀すぎる興行形態を取っていた.当然,子供向け作品を観る側にとってはトラウマになりうる作品であるし,ゴジラを求める大人にとっては子供向け作品は邪魔でしかない.また,個々の作品のつながりがなくなり,視聴者はどの立場で見てばいいのか困惑した.といった,誰も得しない策の末,ゴジラシリーズは2004年をもって続編の制作が打ち切られてしまう.

 

シン・ゴジラ

そこで今回のシン・ゴジラである.今回のシン・ゴジラ(以下タイピングが面倒なのでシンゴジラ)はまさに初代「ゴジラ」を踏襲した作品であるのだ.

 

ちなみに,ネタバレを躊躇しないので気になる人はいますぐ劇場に行ってくれ!!

 

ということで語っていくのだが,まず,先に述べた通り,ゴジラシリーズは長きにわたる歴史を持っている.にもかかわらず,今回の作品制作にあたって従来のゴジラシリーズの世界観を引き継がない新たなシリーズの制作にどんな意図があったのだろうか.

シンゴジラの世界観はまさに現代,2016年の日本にゴジラが現れたという物語である.これは初代ゴジラと同じく,「今まで見たこともない」「正体不明の巨大怪獣に」「どのように立ち向かうべきか」を描く作品である.

今作は今までの作品と比べても特に台詞量が多いように感じた.これはこの作品が描いているのが”人”の戦い方であることであると感じた.現代の民主主義社会によって構成された議会の動きを皮肉りながらそのうちに燃える人の心を描いているのだ.上層部は適当な意見と現実的な意見とのぶつかりあい,現場は刻一刻と変化する状況と上層部の遅れた対応との板挟み.苦しみながら決して折れない”今”の人を映し出しているのだ.

特にゴジラという存在は今の時代にして際立つものである.それはあの忘れらぬ悲劇,2011年の大震災.人々が再び「核」という恐怖に意識を張り巡らせたあの瞬間から消えらぬ恐怖と警告を具現化しているのだ.

 

あえて言おうゴジラは「希望」であると

しかしながらゴジラという存在を絶望の象徴として崇め恐ることはないと思っている.なぜなら,人びとはまた,ゴジラとそれに追随する恐怖に打ち勝ってきたからだ.特に人気が下火になっていった昭和ゴジラシリーズは,登場する怪獣に何らかのメッセ=時込められたSF作品の体が多かった.環境問題しかり,政治しかり,ゴジラとは常に現代の人々に対して警鐘を鳴らしてきたのだ.

そんなゴジラがなぜ現代の日本に現れたのか.それは今まさに我々が切迫した危機に面しているからである.外交問題.核兵器,武力,環境問題,政治のあり方.巡り巡る様々な問題の最中,人々はどう生き抜くのか.その答えの一つがシンゴジラなのだ.

果たして,今の日本にゴジラと同等の脅威が現れたと我々は決断できるのだろうか,その判断は正しいのだろうか.様々な問いを投げかける.我々は未知なる脅威にどう立ち向かうべきか.その答えはまだない.それはシンゴジラで描かれるシナリオをなぞらえることではなく,我々が見つけていかなければならないことなのだ.

ゴジラはいつの時代も絶望を振りまきながら常に我々に進むべき道を照らしてくれる.ゴジラとは未来の可能性なのだ!